めまぐるしく変化しながらも、筋書きはミステリアス
「刺青された男」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション③」)柏書房
「刺青された男」(横溝正史)
(「刺青された男」)角川文庫
耐えがたい灼熱の外洋でも、
絶対に「シャツを脱がない男」。
その男が「私」の前に現れたのは、
昭和6年の船上だった。
それから5年後、
「私」はインドネシアの山中で
彼に出会う。
瀕死の彼は「私」に向かって
驚愕の事実を語り始める…。
旧角川文庫版の
扉絵にもなっている本作品。
やや説明を要します。
短篇の割には
場面がいくつかに分かれており、
それぞれで語り手や視点が
異なるのです。
第一の場面:昭和初年頃の上海
三人称での語り。
大男の船乗りが、
刺青師・張のもとを訪れ、
胸に刺青を頼む。
しかし張はなにやら曰くありげ。
薬で眠らされている間に
彫られたものを見た船乗りは、
張を絞め殺す…。
第二の場面:昭和6年頃の貨物船の船上
語り手は船医をしている「私」。
「私」のもとに運び込まれた怪我人は、
ゴリラと渾名される腕力の強い船員。
その彼がこれほどまでに
やられる相手は、どうやら
噂の「シャツを脱がない男」らしい。
男はボートとともに姿を消した…。
第三の場面:昭和17年の南洋のある島
語り手は軍医として駐留していた、
第二の場面と同じ「私」。
ジャングルに住む少年が、
医者を探しているという。
病人は日本人と聞き、
「私」は診察に出かける。
おそらくは喉頭癌と思われる男は、
胸に特殊な刺青をしていた…。
第四の場面(第三の場面に挿入):
男が回想する大正12年の神戸
語り手は第三の場面の
瀕死の男である「私」、
つまり「シャツを脱がない男」。
中国人のふりをしていた
酒場の女性・梨英との出会いと
犯罪への荷担、そして梨英殺害…。
この第四の場面に
ミステリーとしての要素が
盛り込まれているのです。
片足が不自由な「男」を、
色仕掛けで強盗事件に巻き込んだ
梨英の目的が
「トリック」といえるものなのです。
したがって、時系列に並べると
④→①→②→③となるのです。
舞台も神戸→上海→
インド洋→インドネシアと変化します。
このように
めまぐるしく変化しながらも、
筋書きはミステリアスで
伏線が多数張り巡らされているのです。
いっそのこと、
もう少し事件を絡ませて
長編小説に仕立てることができたなら、
金田一ものでも由利ものでもない、
「名探偵の登場しない傑作長編」と
なっていた可能性があります。
昭和21年発表の横溝正史の傑作短編、
いかがでしょうか。
※惜しまれるのは、「絶対に人に
見せられない刺青」の正体が
いたって正直なものであることです。
ここにもう少し
ひねりが効いていれば…、
贅沢は言いますまい。
(2019.4.14)